働くのが嫌なので働きますが、やはり働きたくはない
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何でもかんでも「人脈」だの「コネ」だの、それがなければ何もできないような事例を作りたくない。
人間関係が嫌なんだって言ってる。人脈なんか無いし、作りたく無いんだって言ってる。コネなんかもってのほかで、そんなものに頼れば今後ずっとコネでやってもらったことに対する感謝の念を示し続けなければならない。
いい人もいるし嫌な人もいる。その審美眼を持たねばならないのかも知れないけどそれすらも嫌だと言ってる。
育てることすら嫌。人と関わりたくない。
でもどーーーしても、何をするにも人を介さないといけない。どうしても。
ならば、そこは公的な制度や、お金で解決できるところで賄えるように何かできないかということ。
先人がいないと、後発が出てこない。先人なんかいないよ、だって誰に聞いたって「誰かに頼れ」だもん。誰かって誰?誰なの?分からなくて適当なこと吐かすな。
一人で、「親しい人」「人脈」「コネ」によらない、そんな感じでやっていきたいわけ。
それってとてもいい印象はないだろうけど、そこを誰かに詳細に説明してあげる必要性は皆無で。理解しているのは自分だけでいい。理解されないだろう。助けられたくない、助からなくていい、失敗ばかりするだろう。
でも一人でもやっていけるように実際して見せることで、後発が出てくるんじゃないかという期待と、そこに社会的な意義があるなら、最後にはたったの1人にだって褒めてもらえるかもしんないじゃん。
結局褒められたいという気持ちがあるから。そして褒められるまで死ぬほど笑われるんだろうけど。笑われて悲しいのはごく数人だから。別にいいや。
赤の他人に興味ない。自分が思うことをどの程度実現できるか、そこが鍵なんだと思う。